私と理論

数学の話を主に書きます

博士号取得体験記(社会人早期修了)

2023年3月24日,筑波大学で博士(工学)を取得しました. 社会人早期修了というシステムによって,会社で書いた論文を業績として使うことで1年で博士号を取ることができました. 少し珍しいパターンでの博士号取得だと思いますので,自分の備忘録も兼ねて体験記を書きます.

なぜ修士卒業時に博士課程に行かなかったのか

理由は簡単で,博士課程でやっていくのはキツそうだな〜と思ったからです. まず,そもそも修士1年終了時に全く業績がありませんでした. 正直,修士1年の頃は真面目に研究をしていなかったので,論文もなければ受賞もないみたいな状況で,学振取るのも厳しいしこんなのじゃ博士課程なんてとても無理だと思っていました(これは恐らく偽です). また,研究室の一つ上の学年の先輩たちがとても優秀だったのですが,その人たちが一人も博士課程に進学しなかったことで,「この人たちでも行かないなら絶対無理だろ」となっていました. 今思えばこれはよくわからない理論で,他人に理由を求めるなという感じですが,当時の自分はそう思っちゃってました.

じゃあなんで研究職に就いたのかというと,単純に研究自体が好きだったのと,自分の裁量で仕事がしやすいのではないかと思ったからです.自分はそんなお金が欲しいわけではないけど自由が欲しいタイプだったので,(情報系分野の)研究職は向いているんじゃないかと思っていました.これはそんなに外していなかったと今でも思います.

いくつか企業研究所を受けて,(業績がなかったのになぜか)拾ってもらえた会社に入りました.

なぜ博士号を取るのか

  • 今後のキャリアを考えると欲しくなる.会社で研究者としてやっていくためにも,大学に転職する場合にも博士号は有利になる.また,海外だとより効力が大きいとも聞く.絶対に必要になるとは限らないが,将来の選択肢を広げるためにはとった方が良さそう.

  • なんとなく取ってないのが気持ち悪い.まわりに「取らないの?」って聞かれる.

  • 名刺に博士って書けるのでかっこいい.

どこで博士号を取るか

一番よくあるのは,修士を取った研究室(自分の場合は東大)に戻るパターンです. ただ,自分は以下の理由でそれが難しそうでした.

  • 自分の(実質的な)指導教員が既に退職していた
  • 会社に入ってから研究分野が変わっていた(数理最適化→データマイニング

そこで別の選択肢として,興味のある研究室に自分でコンタクトを取り学生として受け入れてもらうという方法があります. 自分の場合は上司が筑波大学で社会人として博士をとっており,その研究室に興味があり教授を紹介してもらうことができたのでスムーズでした.

なぜ社会人早期修了プログラムを使うのか

さて,筑波大学の博士課程には社会人早期修了プログラムという制度があります(恐らく筑波大学にしかありません). この制度は,一定の研究業績を有する社会人を対象に,通常3年かかる博士後期課程を最短1年で修了し課程博士号を取得するプログラムです. 入学時点である程度の業績が必要であり,通常の博士課程と比較して審査が多くなるという点は注意が必要ですが,短い期間で通常の学位がとれるのは非常に魅力的です. また,短い期間で卒業できると言うことは即ちかかる学費も安くなるので,そこも嬉しいポイントです.

学業に専念するならまだしも,社会人をしながら3年間大学に通い続けるのは自分の精神力ではかなり難しい気がしていましたし,実際大変だったり事情が変わったりして途中で断念した人の話もちょくちょく聞いていました. そのため,短期集中で取れるならばそれに越したことはないと判断し,制度の利用を決めました. 自分は幸いにも会社でそこそこ論文を書けていたので,制度利用の前提条件は満たしていました. この前提条件を満たすのはなかなかハードルが高く(研究者として働いていないと業績を積むのが難しい),注意が必要な点です.

具体的な経過

2021/8

院試に必要なTOEICの申し込みをする.かなり忘れやすいので注意.

2021/9

上司にお願いして指導教員にメールで紹介して貰う.一度Zoomミーティングをすることに.

2021/10

初めて指導教員とZoomミーティングをする.自己紹介,これまでの研究内容,これまでの業績,今後の研究予定,博士論文の構想などについて説明する.受け入れに関しては問題ないという返事を貰う.英文ジャーナルがないのが気になるので,なるべく早く英文ジャーナルを書くことを薦められる.

TOEICを受験する.時期的にかなりギリギリ.結果はすぐに帰ってきた.

2021/12

大学院入試(冬)への出願を行う.書類が多くて頭がおかしくなりそうになる.

2022/1

院試の内容がこれまでの研究及び研究計画のプレゼンなので,この準備をする.指導教員にも一度発表練習をして貰う.内容がふわっとしすぎなのでもっと具体的に書いてくださいと言われる.

2022/2

院試を受ける.プレゼンをして質疑を行う流れ.あまり質問内容を覚えていないが,基本的には研究内容と博士課程でどう発展させるかについて聞かれたと思う.

院試に合格したとの知らせがくる.また無限書類編が始まる.このとき,社会人早期修了の手続きを行うのをすっかり忘れていて,通常の博士課程になるところだった.ギリギリのところで気づいて何とかなった.やべ〜

2022/3

英文ジャーナルの投稿をする.以前国際会議に通ったものを拡張した内容を投稿した.もっと早く投稿すべきだったと後悔することになる.(後述)

2022/4

入学式で初めて筑波大学に行く. まわりがとても楽しそうだったが自分はぼっちなので淡々としていた.

指導教員と初めて対面し,今後の方針について話す.

2022/5, 6

博士論文のストーリーや位置付けについて指導教員と何度も議論する. 自分の場合は大きく3つの論文を書いていたのだが,これをどういうストーリーで一つの博士論文として纏めるかが焦点. また,今までよりも広く深くサーベイを行い,どのように既存研究の中で自身の博士論文を位置付けるかについても議論した.

また,7月に中間審査があるので,それに向けて発表資料を準備し発表練習をする.指導教員に直されまくった.

2022/7

中間審査を受ける.教授3人の前で30分程度で現在の研究の進捗と博士論文の構想について説明する.もともとは対面の予定だったが,タイミング悪く自分がコロナになってしまったので急遽Zoomで行うことになる.喉は痛いが気合で発表し,なんとか合格する.実験の部分に関してデータセットの少なさや設定の悪さについて指摘され,予備審査までに修正するよう言われる.

単位を取るためにレポートを書く.現在の研究の進捗をまとめたものと分野のサーベイの2本を書いたが,直しが入ったこともあり割と重い課題だった.

2022/8

中間審査が終わってだいぶ気が抜けてダラダラしていると,ジャーナルの査読結果が帰ってくる.結果はメジャーリビジョン.査読者の1人がものすごく読み込んでくれていて,それはありがたいのだけれど,無限の修正箇所(追加実験含む)が挙げられていている.「もしも本審査までに英文ジャーナル通らなかったら半年延長を覚悟してね^^」と指導教員に言われたことに今更危機感を覚える.半年延長は時間もお金もかかるので何としても避けたい.気合いで全てのコメントに対応して次の往復で必ずアクセプトを勝ち取ることを決意する.ということでまず追加実験を始める.

2022/9

ジャーナルの熱烈リビジョンを行い,なんとか全て対応して提出する.

これに加え,10月の博士論文の予備審査の準備を開始する. 一般的にこの審査が一番厳しく重要であると言われる. 予備審査時点では博士論文は必要なく,予備審査を通過すれば博士論文に着手できる,という位置付け.(これは大学によって違うらしい)

まず,予備審査を受ける手続きが大変で,書類をたくさん用意する必要がある. 特に大変なのが論文要旨で,これはA4サイズ10枚という短さに博士論文の内容をまとめる必要がある.

さらに,発表資料・練習がとても重要であり,1時間の発表 + 1時間程度の質疑に耐えられるプレゼンテーションを用意する必要がある. これに関しては指導教員に何度も指導してもらって作り直しながら完成させた.中間審査時点での指摘を踏まえた追加実験も大量に行った.

このあたりはめちゃくちゃ忙しくて,繋いでいたAtCoder Heuritic Contest (AHC)の連続出場を切ってしまう.

2022/10

予備審査を受ける. 予備審査本番は,教授5人の前で1時間で博士論文の内容を説明し,1時間の質疑を行う. 修士の頃見た予備審査でめちゃくちゃ厳しいコメントが飛び交っていたのでビビり散らかしていたが,意外と先生方が優しく和やかに終わった. 和やかに終われたのは,指導教員と何度も発表練習をして何度も直したこと,中間審査で受けたコメントにきちんと対応して追加実験をたくさん行ったことが理由として大きかったと思う. こういう実験を追加した方が良いのではないか,こういう議論を追加した方が良いのではないかというコメントを貰う.

終わった後は解放感がすごかったので,その足で新橋→浜松町を1人で飲み歩いた.

2022/11

予備審査が終わって一息ついていると,英文ジャーナルの査読結果が帰ってきた.結果はアクセプト.査読対応を頑張った甲斐があった.3月卒業のメドがついたのでかなりホッとする.

あとは熱烈博士論文執筆タイム.ひたすら書くしかないのでひたすら書く.

2022/12

熱烈博士論文執筆タイム②.ひたすら書くしかないのでひたすら書く. あと,予備審査で指摘された追加実験を行い,考察してその内容も博士論文に反映した.

2023/1

博士論文を提出.提出日が1/5だったので,冬休みは博士論文執筆にほぼ消えた.

あとは最終審査に向けて発表資料作成・発表練習をする.ただ,予備審査時から大きく変更はしなかったので予備審査のときほど大変ではなかった.

この時期は博士論文と全く関係ない内容の国際会議論文執筆・会社での重要な面談などが詰まっており忙しくてヤバだった.

2023/2

最終審査を受ける.今回も教授5人の前で1時間で博士論文の内容を説明し,1時間の質疑を行う. 最終審査は公開なので,教授陣以外にも聴講者がいた. 基本的には致命的なコメントもなく,和やかな雰囲気で終了した. 今回も,予備審査での指摘事項に真摯に対応し,対応した内容を別紙にまとめておいたのが効いたのだと思われる.

質疑終了後,別室で待っていると指導教員に呼ばれ,合格を告げられる.めでたしめでたし. 終わった後は解放感がすごかったので,その足で秋葉原→神保町を1人で飲み歩いた.

最終審査のコメントを反映して,博士論文の最終版を提出した.

その後,単位取得のためのレポートを2本書いた.

2023/3

こまごまと事務作業はあったものの,大きなタスクはなく学位授与式を迎えた.

終わっての感想

  • 業績がある状態で入学したので,業績が出ないんじゃないかと不安で辛くなることはありませんでした.また,働いているのでお金のことで困ることもありませんでした.博士課程の二大悩みが「業績」と「お金」な気がするので,その心配が無かったのは良かったです.

  • ただし,基本的には仕事が終わってから or 土日に作業することになるので,かなり忙しいです.特に仕事と大学の忙しい時期が被るとヤバい.

  • 教授とのミーティングや研究室のゼミはほぼリモートでした.自分は神奈川県に住んでいて,筑波大学まで通うと片道3時間弱かかるので,これは非常に助かりました.大学には結局,入学式・予備審査・最終審査・学位授与式の4回しか行っていません.

  • 全体的に書類をめちゃくちゃ書かされます.事務作業苦手マンには刺さりました.

  • 社会人研究者をしていると,あんまりよく分かっていない偉い人に説明する機会も多く,それに適応するために「ふわっと」した説明をしたり資料を作る癖がついていたのですが,大学では何度かそれが悪い方向に働いていました.自分がいつの間に変わってしまったのかと驚きました(?)

  • 久々に研究室ゼミに参加していたのですが,学生の発表を見ると昔の自分を思い出して懐かしい気持ちになりました.教授が無限に質問しててすごかった

  • 教授は本当に知識が豊富で頭の回転が速く,1を聞いて10を知って20聞いてくるみたいな感じでした.こういう人と話をするのは楽しく,博士課程に入って良かったと思いました.

今後

特に何も変わらず今の会社で働き続ける予定です.来年はもっと遊びたい.